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 5月11日(日),長崎県・生月町(いきつきちょう)の生月町開発総合センターを会場に「第2回 日本伝統捕鯨地域サミット」が開催されました。全国の伝統捕鯨にゆかりのある地域の人々や研究者,そして生月町の町民ら約700名の参加者が会場に集い,サミットに臨みました。
 古くから日本人の暮らしの中に根付いている捕鯨文化について再検証していく「日本伝統捕鯨地域サミット」。昨年4月に山口県長門市で開催された第1回大会では,縄文時代から現代まで続く日本の捕鯨史を通観して,「伝統捕鯨に関する長門宣言」が採択されました。
 今年は東アジアの初期捕鯨を踏まえながら,日本捕鯨のルーツを探ることをテーマに,前半は韓国のパク・クビョン教授を交えた日韓4名の研究者による研究発表,後半は水産庁増殖推進部漁場資源課の小松正之 課長を進行役にパネルディスカッションが持たれ,「伝統捕鯨に関する生月宣言」が全会一致で採択されました。また,「生月勇魚捕唄(いきつきいさなとりうた)保存会」と生月中学校生徒のみなさんが「生月勇魚捕唄」を披露。参加者を大いに沸かせ楽しませると同時に,伝統文化としての捕鯨を再認識させてくれました。
 前回に引き続き今回も実り多きものとなった「日本伝統捕鯨地域サミット」。将来の持続的捕鯨実現にいかしていくことを,参加者それぞれが決意しながらの幕となりました。
 なお,次回「第3回 日本伝統捕鯨地域サミット」は,2004年に宮城県・牡鹿町(おしかちょう)で開催される予定です。

▲会場の生月町開発総合センター。生月町役場の隣にあり,生月漁港に面しています。会場前の駐車場ではクジラグッズや書籍の販売コーナー,クジラ料理の試食会場が設置されました ▲サミット開会に先立ち会場前で披露された郷土芸能「生月ハイヤ節」。リズミカルな歌と踊りが,サミット開催を喜ぶ生月町のみなさんの気持ちを代弁しているようでした ▲クジラ料理の試食会場。クジラの美味しさを知っている方が多いのでしょうか。用意された1000食は、大盛況の内に品切れとなったようです
▲会場ロビーでは捕鯨にまつわる貴重な文献や資料パネルを展示。ロビーの壁画には,古式捕鯨の図案がデザインされていました ▲この日は日曜日ということもあり子供の参加も多かったようです。普段,なかなか触れることのない本物の資料が,生活に息づく文化を考えるきっかけになったのではないでしょうか ▲パネルでは主に現在の捕鯨やクジラの生息の実態など,科学的なデータに基づいた解説がなされていました。サミット開始を前に捕鯨問題について整理する絶好の展示です
開会式
▲捕鯨問題に関心を持つ方が日本全国から集結。また,お隣の韓国からも多数の参加者がありました。立ち見の参加者が出るほどの満員状態! ▲開幕とともに「生月勇魚捕唄保存会」による公演がはじまりました。「生月勇魚捕唄」から三番唄と五番唄を披露。古式捕鯨の様子を熱い歌声で再現してくれました ▲捕鯨になじみの深い地域の代表者や来賓の方々が登壇しての開会式。いよいよサミットがスタートします
▲森 隆俊 生月町長による開会宣言。古くから多くの恵みを与えてくれたクジラと,それに関わる文化や歴史,先人たちの思いを大切に伝え育んでいきたいと述べ,「第2回 日本伝統捕鯨地域サミット」の開会を宣言 ▲主催者あいさつに立つ財団法人 日本鯨類研究所の大隅清治 理事長。温故知新「ふるきをたずねて新しきを知る」という論語の言葉を引きつつ,祖先が築き上げてきた捕鯨文化を正しく理解することにより,新たな捕鯨のあるべき姿を求めることができると,サミットの大きなテーマを提言 ▲今回のサミットが,クジラ資源の正しい保護と利用についての認識をさらに深める機会となり,日本のクジラ文化が長く引き継がれることを期待すると述べる金子原二郎(かねこ げんじろう)長崎県知事。生月町は金子知事の出身地です
▲田浦 直(たうら ただし)参議院議員は ,日本の科学的な主張が一部の国々に受け入れられないIWC(国際捕鯨委員会)の現状に触れた上で,商業捕鯨の再開を目指し,「生月勇魚捕唄」が本物のクジラの前で唄えるように頑張って活動したいと発言 ▲もしも,アメリカに占領され続けていたのなら,日本の捕鯨も先住民生存捕鯨として容易に受け入れられていたのではと,ユーモアと皮肉たっぷりの北村誠吾 衆議院議員。世界に対して伝統文化である日本の捕鯨をアピールしていくことが必要だと述べました ▲小松 課長によるサミットの趣旨説明。日本人と捕鯨の関係のルーツを探ることがテーマであり,その結果を生月宣言としてまとめ,今年のIWCベルリン年次総会でアピールしたいと発言。コツコツと世界の世論に訴えかけていく場としてのサミットの重要性を訴え,来場者に積極的な参加を呼びかけました
研究発表
▲生月町博物館・島の館の学芸員,中園成生(なかぞの しげお)さんによる研究発表。「平戸諸島域の捕鯨」と題した,捕鯨法と漁場の関係に着目した講演でした。生月島の隣,平戸島の東部海域(平戸瀬戸)では,潮流にさかのぼるクジラの習性を見極め,待ち伏せて捕獲することがされていたそうです ▲「盤亀台岩刻画(ばんきだいがんこくが)に見る鯨類と捕鯨」と題し,韓国でも先史時代から捕鯨が行われていたことを説明するパク・クビョン 教授(釜慶大学校名誉教授)。日韓での捕鯨文化の交流がなされていたと考えられることを指摘しました。また,当時の捕鯨文化では,儀式的な呪術が重要な役割を果たしていたという興味深いテーマも提示 ▲熊本市教育委員会の文化財保護主事の金田一精(かなだ いっせい)さん。「縄文時代にクジラ漁は行われていたか」というテーマで発表。製作にクジラの椎骨(ついこつ)を利用した縄文時代の土器は九州広域に分布しているそうです。長崎県や佐賀県の外洋に面した地域が,その椎骨の供給源である積極的な捕鯨地域であった可能性を示唆しました
▲長崎国際大学の立平 進(たてひら すすむ)教授の発表テーマは「日本の原始古代における捕鯨について」。縄文時代から捕鯨が行われていたことを,出土遺物など物証を挙げながら説明。考古学上,これから論議されなければならない課題も多いが,鯨骨やその加工利器が発見されていることは確かだと述べました ▲休憩を挟んで,生月中学校の生徒たちが「生月勇魚捕唄」の一番唄を披露。元気で可愛い実演に会場中が和やかな雰囲気につつまれました ▲緊張したけれどうまくできたと,はにかみながら感想を述べる生月中学校の生徒。太鼓の馬場涼太 君と,唄の田島明日菜 さん
パネルディスカッション
▲コーディネーター小松 課長の進行によるパネルディスカッションの開始です。パク・クビョン 教授や立平 教授,生月町の代表者ら9人が登壇。熱心な討議が繰り広げられました ▲先史時代の北海道や東北地方での捕鯨について解説する平口哲夫 金沢医科大学教授。北海道でのオホーツク文化期(本州での飛鳥時代から平安時代に併行)の遺物には,大型鯨類の積極的な捕獲があったことを示すものがあるとのこと ▲壱岐(いき)郷土館の学芸員・白石純悟さんは,九州北西海上の玄海灘に位置する壱岐での鯨骨製品の出土状況を報告。「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」にも登場する原の辻遺跡では,人骨の近くから鯨骨製品が見つかっているそうです
▲森田勝昭 甲南女子大学教授は,近現代の日韓の捕鯨文化について言及。「ノルウエー式」をモデルにしつつ,愚かしい植民地主義時代に,韓半島(朝鮮半島)で発展させた日本の近代捕鯨が,現在の日韓双方の捕鯨のプロトタイプとなっていると主張。「東アジア捕鯨文化圏」を提唱しました ▲数千年も前から,日本において捕鯨活動が営まれてきたことを知るのは非常に感動的であったと語る高橋順一 桜美林大学教授。専門の文化人類学の見地から伝統捕鯨地域の特徴を説明。序列のある高度に発達した社会であることと,儀礼性が強い集団であることの2点を挙げました ▲生月町を代表して登壇した中学生の岳下哲也 君は,縄文時代のクジラの利用方法と料理について質問。鯨骨に付いた解体の痕跡から食用にしていたと推定されると平口 教授。立平 教授によると,燻製(くんせい)と蒸し焼きの2つの料理法が確認されているとのこと
▲同じく生月町代表の田中まきこ さん。縄文時代から捕鯨が行われていたのなら日本人は農耕民族というよりも先に海洋民族と呼ばれるべきではと疑問を投げかけました。両方の側面から捉えるべきだと答えたのは立平 教授 ▲日本の捕鯨の起源はいつなのか。小松 課長から今回のサミットの核心ともいえるテーマが投げかけられます。パネリストの意見はまちまちですが,縄文時代初期から,なんらかのクジラの利用があったことは一致した見解です ▲会場客席の参加者からも質問が寄せられました。この男性は,当時の捕獲率を質問。中園さんが,江戸時代の網掛け式で10パーセントくらい,それ以前の突き取り式で5パーセントくらいではなかったかと答えました
▲「伝統捕鯨に関する生月宣言」をまとめる小松 課長。「生月宣言」は,用意された案文をたたき台に,ディスカッションの成果を踏まえつつ,全会一致で採択されました。日本代表団は,この成果を持ってIWCベルリン年次総会へ臨みます ▲次回「第3回 日本伝統捕鯨地域サミット」の開催予定地は,現在,東北で唯一の捕鯨基地を有する宮城県・牡鹿町。同地を代表して渡辺徹朗 助役のあいさつ。来年の再会を心待ちにしているとの言葉でサミットを締めくくりました ▲サミット終了後の記者会見。今回のサミットは大成功だったと,大隅 理事長。韓国と日本との掛け橋となった意味も大きいと語りました。「日本伝統捕鯨地域サミット」は,2006年まで毎年開催される予定です
クジラ史跡見学会

 「第2回 日本伝統捕鯨地域サミット」が開催された5月11日(日)の午前中,サミットに先駆けて「クジラ史跡見学会」が催されました。生月島と平戸島の捕鯨にまつわる史跡を訪ねるこの企画は,生月町博物館・島の館の中園さんがコーディネートしたもの。江戸時代の鯨組(捕鯨業を営む集団)の中でも最大規模を誇る「益冨組(ますとみぐみ)」,その拠点であったのが生月島です。この地での捕鯨史跡をめぐる見学会は,現在まで受け継がれてきた捕鯨文化のルーツを探る上で,またと無い貴重な機会となりました。
▲100名を超す参加者が集合したのは,第1の見学地でもある平戸大橋公園。この公園からは,クジラ漁の漁場であった平戸瀬戸(平戸島東部海域)が臨めます ▲平戸瀬戸では,明治から昭和にかけて鯨組・植松組による銃を使った捕鯨が行われていました。潮流にさかのぼるクジラの習性を利用していたようです ▲いよいよツアーの開始です。参加者は,3台のバスに分乗して移動。どんな史跡に出会えるのか期待に胸がふくらみます
▲今回の企画のコーディネーター,中園さん。バスの中でも,生月島の文化や捕鯨についてわかりやすく解説してくれました ▲平戸市の最教寺が第2の見学地。ここには「鯨供養塔」が建立されています ▲この「鯨供養塔」は植松組によるもの。捕鯨の方法としては銃を使っていた植松組の古式捕鯨業的な側面を,うかがい知ることができます
▲第3の見学地は,中園さんのホームグラウンドである生月町博物館・島の館。正面入口では,クジラのオブジェが潮を吹きつつお出迎え ▲島の館の1階には,網掛突取捕鯨法による捕鯨を再現したジオラマが展示されています。中園さんの説明とあわせて,古来の捕鯨の様子がリアルに想像されます ▲クジラ博士・大隅 理事長もツアーに参加。島の館の展示物の一つひとつに向けるまなざしは,とても興味深げでありました
▲島の館では,ミンククジラとツチクジラの骨格標本をはじめ,「勇魚取絵詞(いさなとりえことば)」など貴重な文献や資料が展示されていました。また,カクレキリシタンについての展示も豊富です ▲こちらが益富家代々のお屋敷。江戸時代の頃は屋敷のすぐ前まで海だったとか ▲古賀江(こがえ)網干場跡と御崎浦(みさきうら)納屋場跡は,バス車内からの見学。身を乗り出す参加者もいました
▲御崎浦の納屋場跡。納屋場というのはクジラを解体する場所。ここは益富組の納屋場で170年間にわたって拠点として利用されたそうです ▲最後の見学地は,大バエ断崖。生月島の北端に位置しており,山見(やまみ)というクジラを監視する小屋が置かれていました。ここから生月島の漁場が一望できます ▲メガホンを片手に大勢の参加者を案内してくれた中園さん。お疲れ様でした。捕鯨史跡をめぐるこのような企画は,生月島のみならず全国の伝統捕鯨地域にも広がってほしいものです
生月町のクジラたち

 捕鯨文化の伝統が継承されている生月町。みなさん,クジラが大好きなのでしょうか。商店街のスタンプ台紙も「くじらちゃんスタンプ」でした。このコーナーでは生月町で見かけたクジラオブジェを紹介します。
▲街灯の上にある生月町のプレートはもちろんクジラのイラスト入りです ▲生月町役場そばのショッピングセンターの看板 ▲海岸沿いの休憩スポットの壁面にはセミクジラのイラストが。ほかの種類のクジラもいました
▲カクレキリシタンの史跡,クルスの丘公園からの下り道で見つけた歩道の敷石。可愛いですね ▲御崎浦海浜公園入口のモニュメント。この公園は古賀江網干場跡地にあります ▲生月町のコンビニエンス・ストアではクジラ焼肉の缶詰が置いてありました

 

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