鯨論・闘論

非致死的調査だけでは,南極海の鯨類調査は成功しないことが証明された

財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問

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財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問筆者は以前,この欄に「鯨類資源調査における致死的調査と非致死的調査」と題する文章を載せた際に,豪州を中心として,非致死的方法による南極海調査の計画( SORP )があることを紹介し,SORP による調査が早急に実行され,その結果を日本が実施している南極海鯨類捕獲調査( JARPA )と比較して,その実行可能性について,検討できることに期待を寄せた。
 その調査が今回,豪州とニュージーランドの合同調査( AWE )としてやっと実現し,2010 年 2 月から 3 月に掛けて,南緯 65 度から 72 度,東経 150 度から西経 150 度の間の海域で実施された。この調査には,反捕鯨の急先鋒である豪州の環境大臣が,わざわざ出港式に出席して調査団を激励するなどして,鳴り物入りで調査が開始された。そして,その調査報告書が第 62 回 国際捕鯨委員会( IWC )年次会議の科学委員会に,文書番号 SC/62/O12 として,提出された。
 早速にこの調査報告書を入手して,日本がほぼ同じ海域で実施した,2004/05 年の JARPA の結果と比較した。その結果,“日本が実施している鯨類捕獲調査は,非致死的方法で全て可能である”との,反捕鯨側の主張が,宣伝倒れに終わったことが判明した。

AWE の船団構成は,ニュージーランドの海洋調査船タンガロア号( TA ,2,282GT )と,これに搭載した 2 艘の小型ボート( SB,船長 6.5 メートルと 6.3 メートル)からなり,TA が航海中に鯨類を発見した時に,SB を水面に降ろして,発見したクジラに対して,種々の非致死的調査を行う仕組みである。
 TA は 2 月 2 日にウエリントンを出港し,7 日に調査海域に到着し,3 月 8 日まで調査し,3 月 15 日に帰港した。全航海日数は 42 日であり,調査期間はわずか 29 日であった。JARPA の 2004/05 年度の南極海での調査期間が 92 日であったことと比較すると,極めて短期間であり,これだけでも AWE の調査が,十分でないことが示される。その原因は,JARPA が,タンカーを随伴して,調査域内で調査船団の各船に燃料を補給できるのに対して,AWE では,燃料の洋上補給がなされなかったからである。
 29 日の調査期間中,AWE の調査の主体である,SB が稼動した日は 14 日しかなく,その内で SB が 2 艘とも稼動できたのは 5 日だけであった。さらに,SB は 2 艘の累計で 18 回稼動したが,1 日に 4 時間以上稼動したのは,7 回 に過ぎなかった。これからも,AWE 型の SB を主体とする調査が,自然条件の厳しい南極海では,極めて非能率であることが分かる。

SB の船首には張り出し台を設け,作業は,衛星標識の装着,バイオプシー標本の採集,自然標識の撮影,およびそれらの記録作業であると報告書に記載されているが,反捕鯨側が JARPA の致死的方法による餌調査に対抗する,非致死的調査の目玉として宣伝し,豪州の南極海調査計画の中でも調査項目として取り上げられている,糞採集についての記載が,AWE の報告書に全くないのは,糞採集に完全に失敗したからであろう。

そもそも,一般の海洋調査船である TA は,鯨類の目視調査に適していないことを抜きにしても,AWE 調査の設計が,鯨類目視調査の基本である,ライントランセクト法に従っておらず,しかも調査の後期に,元の海域に戻って調査が繰り返して行われている。従って,AWE の目視資料は,分布量推定には役に立たない。高額の調査費を使うからには,国際的な基準に基づいて目視資料を収集して,科学の進歩に貢献するべきであるのに,それが AWE ではなされなかったのは,残念である。
 その結果,目視資料に偏りがあることが,発見した鯨種頭数を JARPA の結果と比較すると,瞭然である。すなわち,クロミンククジラの発見が少なく,ザトウクジラとナガスクジラの発見が多い。この原因は,航跡図とクジラの発見図から推測して,調査の後期に,資料数を増やすために,ザトウクジラとナガスクジラをその前に多く発見した位置に戻った結果,この両種をダブルカウントしたためであると推測される。勿論,比較した JARPA の 2004/05 年度から 5 年が過ぎているので,その間にこれらの鯨類の資源が急速に増加したことも 一因と考えられる。

非致死的調査のひとつである,バイオプシー標本の採集については,AWE は SB で接近するか,速度を落とした TA に接近した個体に対して実施し,動作の鈍いザトウクジラ 64 個体と,大型で呼吸の際に長い間水面に背面を現すナガスクジラ 1 個体について成功した。しかし,採集地がバレニー諸島の狭い海域に集中しているので,ザトウクジラの場合には,同一個体から複数の標本を採集した可能性が否めず,頭数は多くとも,標本は系群の分布と分離にあまり役立ちそうもない。
 一方,小さく,動作が敏捷で,瞬時にしか水面に姿を表わさない,クロミンククジラに対しては,ザトウクジラとほぼ同じ発見数があったにも拘らず,1 頭もバイオプシー標本が得られなかった。この結果は,AWE の調査方法が,南極海生態系の主要構成鯨種であるクロミンククジラに対しては役に立たないことを証明したことになる。 これに対して,2004/05 年度の JARPA では,ザトウクジラ 38 頭,ナガスクジラ 2 頭,ミナミセミクジラ 1 頭のバイオプシー標本を採集しており,440 頭のクロミンククジラを捕獲して多種の組織標本を採集しており,その採集効率は AWE と比較にならないほど高い。

AWE は 61 頭のザトウクジラに対して自然標識したと報告しているが,他の鯨種についての記載がない。この結果は,ザトウクジラ以外の鯨種に対しては,AWE 方式による自然標識法が有効でないことを意味している。これに対して,2004/05 年度の JARPA では,62 頭のザトウクジラ,5 頭のシロナガスクジラ,3 頭のミナミセミクジラに自然標識をしており,JARPA が非致死的調査にも努力しており,AWE よりも効率的に自然標識を実施していることが理解される。

AWE は,ザトウクジラに対して,30 器の衛星標識を装着し,その内の 9 器が電波を発信することに成功し,さらに 1 器だけが 5 月 25 日現在,84 日間位置情報を送り続け,この個体がその間南極海に止まっていたと報告している。南極海で鯨類の衛星標識に成功したことは祝うべきであるが,AWE 方式で衛星標識の装着に成功したのは,ザトウクジラだけであり,他の鯨種に対して全く装着できなかったことは,問題にするべきである。

鯨類の発する音響による鯨類の分布を調査するために,TA 号から航海中に 111 個のソノブイを投入して,鯨類から発する音の受動音響記録を採集した。その解析結果が待たれるが,音響を利用した方法が目視調査の補助手段として実用化すれば,夜間や悪天候の際に鯨類の分布量調査に役立つ。音響調査法は JARPA にも積極的に応用するべきであり,日本も独自の開発に努める必要があることが自覚された。

TA は海洋調査船であるから,海洋環境調査を実施したのは当然である。TA は計量魚群探知機の作動によって反応のあった 16 地点において,鉛直曳きで海洋生物のネット採集を実施した。また,CTD による海洋観測と,海水採集を 10 回実施した。
 これに対して,JARPA では,2004/05 年度に CTD 調査を 62 地点で,XCTD 調査を 100 地点で,EPCS 調査を 1 隻の SV と 1 隻の SSV で,延べ 183 日実施した他に,計量魚探を合計 11,488.2 海里 作動させた。海洋環境調査においても,JARPA が AWE よりも優れていることが,これによって理解される。

AWE では,致死的調査を実施しなかったのは,言うまでもないが,そのために,折角南極海で鯨類を調査したにも拘らず,JARPA に比肩し得る,十分な調査,採集試料が得られなかったのは,AWE の基本的な欠点であるといえよう。
 これまでに得られた種々の資料から推定して,今期の AWE 航海のために豪州とニュージーランド政府が支出した金額の合計は,60,900万円であったと推定される。
 これに対して,2004/05 年度に,JARPN II と JARPA に日本政府が支出した調査補助金は,総額 53,780 万円であり,調査航海日数で JARPA 用に比例配分すると,36,031 万円となる。しかも,JARPA の場合には,この年度に 1,895 トンの調査副産物が生産され,日本国民に良質なクジラ製品を供給して,鯨食文化の維持に貢献することができた。
 従って,AWE のために豪州とニュージーランド政府が支出した金額は,日本政府が JARPA のために支出した金額の 1.7 倍であるにも拘らず,調査の成果は極めて貧弱であった。そして,JARPA では,政府の調査補助金と副産物の生産によって,大規模な調査が実施されていることは,致死的調査が,非致死的調査に比較して,鯨類資源調査として極めて有利であり,その上に,調査副産物の生産によって,人類の福祉に大きく貢献することは,明らかである。

TA は大型の海洋調査船であり,JARPA で用いている,目視専門船( SV )のように,鯨類に特化した目視調査に適さず,たとえ,鯨類を発見しても,SB は小型で,TA に搭載していたために,船から降ろすのに時間が掛かり,その間にクジラを見失う可能性がある。さらに SB は,南極海のような厳しい海洋環境で,目視採集船( SSV )のように,鯨類を発見すると,直ちに追跡と接近をすることが困難であり,各種の非致死的調査を行う機会が十分に得られない欠点を有する。
 AWE の基本的な欠点は,一般海洋調査船 TA と,搭載型の SB を使用したことにある。SORP は今回の AWE が予備調査であると言い訳をしているが,南極海のような自然の厳しい海域で鯨類の非致死的資源調査をするには,捕鯨船型の,独航でき,高速で航行し,高いマストの上に装備する見張り台があり,旋回性能のよい調査船と,調査船に燃料や食料などを補給する,タンカー型の調査母船を必要とすることが,今回の調査で SORP 関係者が自覚したのではあるまいか。

JARPA を南極海から排斥すれば,鯨類資源の世界の宝庫である南極海は,鯨類科学の進歩と人類の福祉の向上にとって,暗黒の海洋となる。一方,JARPA に見合う規模と精度の調査を非致死的方法だけで実施するとすれば,巨額の調査費を必要とすることになる。反捕鯨国が南極海の鯨類資源調査のために,そのような巨額の調査費を支出するかは,甚だ疑問である。国際捕鯨取締条約 第 8 条に基づいて,致死的調査と非致死的調査を組み合わせて実施する,JARPA 型の鯨類捕獲調査こそが,南極海における鯨類資源の調査法として最も現実的であり,効率的に大きな成果が上がることを,今回の AWE が図らずも証明してくれた。

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[ご意見:1]「もう少し説明を」from:M野 さん

せっかくなので,日本の調査捕鯨のやり方の説明と,その優位性を詳しく説明して欲しいです。少しわかりにくいと思います。

 日本の調査捕鯨は,“ほ殺”が悪いとよく言われていますが,実は目視調査のウエイトが大きいのではないのか。
 決められたコースで,低緯度から高緯度まで基本的に目視調査を行っているようですね。その上で,決められた緯度からの“ほ殺”の場合も,その群れの個体を識別し,乱数を使い捕殺する個体を決定しているようですが,これも目視調査を行った上でないと出来ません。バイオプシー調査でも同様と思います。
 その上で,日本の目視調査のデータはかなり膨大なのではないのですか。

 なお,系統群調査の目視調査のための基準となる自然標識が反捕鯨団体から取り除かれてしまう事例が多いとも聞いています。系統群調査は素人が考えても DNA 試料だけでは,どうなのかとも感じています。

 今回の AWE 調査について,少しだけ残念に思います。基本的にクジラについてのノウハウを持っていない,もしくは失った国の調査だと思います。
 日本の調査方法は,基本的に南氷洋の捕鯨船団方式を踏襲していると思います。この優位性はこの論文通りだと思います。バイオプシーや GPS 標識についても日本が圧倒的に成功をおさめています。AWE 調査は,この捕鯨方式を嫌った結果なのかなとも考えています。
 とはいえ GPS も自然標識と同じ扱いで,取り除く人がいるかも。
 クジラのように,GPS をつけるのが難しい動物ではない,ノラネコに GPS 標識をつけようとした実験がありましたが,失敗しました。心優しい人たちで。
 逆説的に,彼らと一緒に“非ほ殺”で,日本船団のやり方で共同調査を呼びかけるべきなのではないかと思います。正しい科学的な方法だと思います。問題は予算だと思いますが,AWE の予算なら出来そうと思います。

 なお陸上生物の調査でも,糞だけでの食調査は食べた“残さ”,種子とか植物の繊維で判断しています。しかしクジラみたいな海洋動物の場合,特にプランクトンを食べるヒゲクジラでは“残さ”がほとんどないので,糞調査が難しいのでしょうか。このあたりわかりやすく説明が欲しいです。
 また糞の採取鵜を行ったことがあるのか教えてください。私は不可能だと思っていますが。

 もう少しわかりやすく。

[ご意見:1]「もう少し説明を」への回答from:財団法人 日本鯨類研究所・大隅清治 顧問

小生の「非致死的調査だけでは,南極海の鯨類調査は成功しないことが証明された」に対しまして,“判りにくい”とのご批判を頂きました。

日本の捕獲調査については,当研究所のホームページに「調査研究活動」欄があり,その中の「鯨類の調査」の項目に詳細な説明がありますので,それを読んで下されば,ご理解を頂けると思います。

財団法人 日本鯨類研究所HPの「調査研究活動/鯨類の調査」のページをご覧になるには,こちらをクリックしてください。別ウィンドウで開きます。

日本の鯨類捕獲調査は,調査海域に分布する鯨類の密度に応じて,無作為に標本を採集することを基本としておりますので,それには,おっしゃるように,目視調査が前提となります。
 貴方は「非捕殺方法だけで,日本船団のやり方で,彼らに共同調査を呼び掛ける」ことを提案しておりますが,非致死的な調査だけでは,日本が進めているのと同質な調査はできませんので,日本からそのような種類の共同調査を,豪州,ニュージーランドに提案することはないでしょう。
 また,日本の調査船団は,8 千トン級の調査母船 1 隻と,7 百トン級の目視専門船 1 隻,7 百トン級の捕鯨船型目視採集船 3 隻を用いて,調査海域に 100 日滞在することを基本としておりますから,調査船団に燃料を補給するタンカーも必要になります。これだけの規模の調査は,AWE に使った SORP の調査費では,賄い切れません。日本の捕獲調査の強みは,国際捕鯨取締条約 第 8 条第 2 項に従って,調査副産物の生産と,その販売をしているからであり,そのために政府が支出する調査費が AWE よりも少なくて済んでいるのです。

外務省による日本語訳「国際捕鯨取締条約」のページをご覧になるには,こちらをクリックしてください。別ウィンドウで開きます。

日本の鯨類捕獲調査の目的のひとつが,鯨類の食性調査であります。それには,対象鯨類を捕獲して,胃内容を精査する方法が取られています。そして,この調査方法によって,当研究所のホームページで報告されているように,これまでに多くの優れた研究結果が出ております。
 貴方のコメントで,糞調査にも触れておりますが,反捕鯨勢力は,日本の捕獲調査に反対する目玉として,非致死的調査としての糞調査を強く推奨しており,糞の採集によって食性調査ができるから,鯨類を捕獲する必要がないと,しきりに宣伝しております。けれども,糞調査は実際的でないことは,鳴り物入りで実施した AWE で,クジラの糞の採集に全く成功しなかったことからも明らかです。
 第 1 に,鯨類は一般に,何時脱糞するか分かりませんから(コマッコウには,発見して追い掛けるとすぐに,赤い液状の糞を煙幕のように張って潜水する習性がありますが),糞を採集しようとする個体を,脱糞するまで,長い時間追尾する必要があります。しかし,同じ個体の行動を妨げないで,長時間追尾することは,実際的でありません。
 第 2 に,鯨類の糞は健康体でも下痢状であり,それが放出されると,煙幕のように広がりますので,多量の糞の採集は困難です。
 第 3 に,たとえ採集できたとしても,鯨類の食性について,鯨類捕獲調査のように,正しく,詳細な情報は得られません。反捕鯨科学者は,糞の DNA を分析して,食物の種類を特定しようとしております。しかし,この方法では,たとえ DNA が分析できたとしても,
  (1)餌と,餌生物の餌との区別が付かず,餌生物の餌まで,餌としてクジラが食べていることになります。
  (2)餌生物の種類の組成が分かりません。
  (3)餌生物の体長組成が分かりません。
  (4)摂餌量が分かりません。
  (5)摂餌時間の推定ができません。
 以上に挙げた問題点からも,鯨類の糞調査は理論的にも正しくなく,その上に,南極海のような自然条件の厳しい環境で,鯨類の糞調査を実施することは,実際的でないことがご理解頂けたのではないかと思います。
 そのために JARPA では,糞の採集は行っていません。

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